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PROFILE
板前がつくる大衆食堂 しまだ
島田 真俊
実家で営む旅館業の影響を受け、中学卒業後すぐに料理の道へ進む。ミシュラン星付きの名店にて、本店と仕出し部門であわせて約10年にわたり研鑽を積み、天皇陛下に提供するお弁当の調理も経験。その後、動物園のキッチンで家族連れが笑顔で食事をする光景に感銘を受け、理想の店を追求し独立を決意。2022年、地域に根ざした「板前がつくる大衆食堂 しまだ」を創業
今回お話しを伺ったのは、町田市で「板前がつくる大衆食堂 しまだ」を営む島田真俊さん。ミシュラン星付きの名店で10年腕を磨き、皇室へ献上するお弁当まで手掛けてきた「本物の板前」です。一流の現場で培った確かな技術を、誰もが気軽に楽しめる「日常の食」へと昇華させ、早朝から地域の人々に活力を与え続ける島田さんの、料理に込めた真摯な想いに迫ります。
板前の技を「日常」に。上皇陛下に献上した「卵焼き」を1,000円以下の定食で
- ― まずは、経営されているお店についてお聞かせください。
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島田氏:町田市の住宅街で、「大衆食堂 しまだ」を営んでいます。
本格的な和食をリーズナブルに、かつお腹いっぱい食べていただける場所を目指しています。
営業スタイルは地域の皆様の日常に寄り添い、水曜日を定休日として、モーニング(6:00〜9:00)とランチ(11:00〜15:00)の二部制で、平日から土日まで営業しています。あえてセルフサービスを取り入れることで、自分の家のように気兼ねなく過ごせる「実家のような安心感」を大切にしています。
お店のこだわりは、長年命を懸けて培ってきた技術を、そのまま大衆的なメニューに落とし込むことです。例えば、看板メニューの「厚焼き卵」。これは修行時代、ミシュラン一つ星の名店にいた頃と同じ製法で焼いています。当時、料理長が皇室の方と親交があり、葉山の御用邸までお届けするお弁当を内々に任されたことがありました。当日まで従業員にも知らされない極秘の任務でしたが、たまたま私が卵焼きの担当に選ばれたんです。3本焼いたうち、最も出来の良い「ど真ん中」だけをお詰めした、あの時と全く同じ味を、今この食堂でお出ししています。
お客様の層は非常に幅広く、夜勤明けの方や、部活の朝練前に立ち寄る学生さん、近所のご高齢の方まで様々です。「この地域には朝から温かい定食を食べられる店がなかったから、本当に助かる」という声を励みに、板前が手間暇かけて作った「本物の一食」を毎日提供しています。
中卒で飛び込んだ厳しい修行時代。その不条理を「優しさ」に変えて
- ― 中学卒業後すぐに料理の道へ入られたそうですが、相当な覚悟だったのではないでしょうか。
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島田氏:実家が横浜で旅館を経営しており、両親から「経営は長男、料理はお前がやってくれ」と言われたのがきっかけで、中学卒業後すぐに料理の世界に入りました。
20年以上前ですから、今では考えられないほど修行先は非常に厳しく、住み込みで先輩と相部屋、時には厳しい叱責が飛ぶような昔ながらの現場でした。営業後は電気を消した暗い調理場で、隠れて卵焼きの練習を続けました。料理長に一口も食べてもらえず、見た目だけで「ダメだ」と突き返される日々が1年続き、ようやく合格をもらった時の喜びは今も忘れません。
私はその理不尽さを後輩には連鎖させたくなかった。仲間と「こんな文化は自分たちの代で打ち止めにしよう」と誓い合い、年下の先輩に対しても、一人の人間として敬意を持って接することを貫きました。周囲からは「舐められるぞ」と笑われましたが、その信念を曲げなかったからこそ、今、お客様一人ひとりと真摯に向き合えているのだと思っています。
動物園で見た「家族の笑顔」が、隔離された調理場にいた自分を変えた
- ― ご実家の旅館を継がず、なぜ「大衆食堂」という道を選んだのですか?
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島田氏:実家に戻り、兄や両親と共に経営に携わりましたが、コロナ禍で経営環境が激変し、方向性の違いから自ら身を引く決意をしたんです。「修行に捧げた人生を無駄にしたくない、やり残したことがないようにしよう」と考え、郵便物の仕分けや、ビール工場での勤務など短期で様々な仕事に挑戦しました。
これまで料理一筋だった私にとって、すべてが新鮮で良い経験になりました。
そんな中、ズーラシア(動物園)のキッチンでの経験が、私の価値観を根底から覆しました。それまでは隔離された高級店の調理場で、顔が見えない状態でお客様に高価な料理を作ってきました。しかし動物園では、家族連れや子供たちが、オムライスのようなシンプルな料理を、目の前で本当に楽しそうに食べていたんです。
「自分が本当に作りたかったのは、こういう温かい光景なんだ」と心から感動しました。 自分のこれまでの努力を形にし、理想とする「地域に根ざした食の場」を一から作り上げたいと考え、開業しました。
「売上4,000円」の絶望を救った、常連客との絆
- ― 開業当初は、かなり苦労された時期もあったと伺いました。
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島田氏:オープン当初は、理想と現実のギャップに打ちのめされました。
住宅街でひっそりと始めたこともあり、朝6時から店を開けても、モーニングのお客様がお一人だけで、その後ランチまで営業を続けても1日の売上がわずか4,000円にしかならない日もありました。「家族を養えるのか」「自分の選択は間違いだったのか」と、ワンオペの調理場で一人、不安に押し潰されそうでした。
- ― その不安をどのように乗り越え、軌道に乗せたのでしょうか?
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島田氏:オープン初日にお客様からいただいた「ここに店を作ってくれてありがとう」「食べ物に困っていた」という言葉が、私を支えてくれました。
当時の町田には、うちみたいな家庭的なお店はなく、近隣のサラリーマンの方はラーメンかコンビニで済ませていたようでした。
そこから、お客様の要望に合わせて「生姜焼き」をメニューに加えたり、小鉢の内容を頻繁に変えて飽きがこないように工夫したりしました。
また、一時期試した夜の限定営業では、お客様とじっくり対話することで、お店の長所や求められていることを直接伺うことができました。 こうした地道な改善を1年半続けたことが、今に繋がっているのだと確信しています。
- ― お客様との温かい交流が活路に繋がったのですね。
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島田氏:はい。
今では、アジ50本や太刀魚を20〜30本も釣ってきて「お金はいらないから、みんなに出してあげて」と食材を分けてくださる方や、泥付きのじゃがいもを届けてくださる方がいらっしゃいます。営業中にカウンターに私の子供が座っていても、お客様が優しくお菓子やおもちゃをくださったり、昨年の1周年にはケーキを持ってきてくださる方まで。
さらに驚くのは、お客様が「お店を助けよう」としてくださることです。駐車場が分かりづらくて困っている新規の方がいれば、常連さんが「俺が行くよ!」と駐車のサポートに走ってくれます。セルフサービスに戸惑う方がいれば、常連さんがそっと補足説明をしてくれたり。忙しい時には「今日はみんな同じメニューでいいよ」と作りやすい様にメニューを揃えるなど、気を遣ってくださることさえあります。お客様と店主という垣根を越えた、家族のような絆に日々助けられています。
ロケ弁から祝い膳まで。食のことなら何でも応えられる食堂へ
- ― 今後の目標や、新たに挑戦したいことについてお聞かせください。
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島田氏:これからも「地域に根ざした食堂」として、お客様の生活に溶け込んでいきたいです。
現在は、ドラマや映画のロケ弁から、ご自宅でのお食い初めなどのお祝い膳、法事のお斎(おとき)、さらには「家で食べたいから」とお鍋を持参される方への豚汁のテイクアウトまで、料理に関するあらゆる要望に幅広く柔軟に対応しています。
「食に関することなら、どんな小さなことでも”しまだ”に相談してほしい」というスタンスを大切に、オーダーメイドの対応をさらに強化していきたいと考えています。
自分の「芯」を信じて諦めないで
- ― 最後に、これから新たな挑戦を考えている方へメッセージをお願いします。
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島田氏:一番大切なのは、自分の「芯」を信じて、すぐには諦めないことです。
新しいことを始めれば、周囲からいろいろと言われたり、最初は結果が出なかったりすることもあります。 しかし、自分の真ん中にある「こうしたい」という想いを大切に、信念を曲げずにやり抜いてください。また、他と違うことを探して差別化を図ることも重要だと思います。 私の場合は「朝6時からの営業」が一つの武器になりました。
最初は孤独かもしれませんが、真摯に取り組んでいれば必ずお客様や仲間が助けてくれるようになります。 自分の選んだ道を信じて、一歩ずつ進んでいってください。
【店舗情報】※他サイトへ遷移します。
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板前がつくる大衆食堂 しまだ
ミシュラン星付きの技と真心で、朝6時から地域の人々のお腹と心を満たす「実家のような」大衆食堂。
朝6時から営業し、板前歴10年以上の確かな技術を1,000円以下の手頃な価格で提供。 高級店で培った技法をそのまま大衆的なメニューに落とし込むことにこだわる。「自宅のように気兼ねなく過ごしてほしい」という想いから、あえてセルフサービスを取り入れた運営形態に。要望に応じて特製弁当や鍋持参での豚汁提供を行うなど、地域に根ざした柔軟な対応で、住民の生活を支え続ける。